「ユタと不思議な仲間たち」(三浦哲郎)

子どもたちに自信を持って薦めたい一冊

「ユタと不思議な仲間たち」
(三浦哲郎)新潮文庫

東京から東北の寒村に
移り住んだユタは、
村の子どもたちから
「もやしっ子」とあだ名され、
なかなかなじめずにいた。
唯一助けてくれるのは
女の子の小夜だけ。
そんな中で出会った
座敷わらしたちが
ユタを不思議な世界へと誘う…。

「あなたの好きな本は?」と
大人の男性に聞かれれば、
芥川谷崎安部公房の作品から
いくつもいくつも答えてしまいます。
もし女性から聞かれれば、
梨木香歩川上弘美をはじめとする
現代女性作家たちの作品名を
答えるでしょう。
そしてもし子どもから聞かれれば、
間違いなくこの一冊を答えます。
「僕はこの
「ユタと不思議な仲間たち」が大好きで、
何回も読んでいるんだ」と、
自信を持って。

この作品、一言で言ってしまえば
少年の一夏の成長物語です。
しかし、東北の村を舞台とした
一昔前の日本の風景、
そして少年にしか見えない
座敷わらしたちが、
何ともいえない懐かしい情景を
創り出しているのです。

どの一部分をとっても、
ユーモアと懐かしさと
ほんの少しの悲しみがあります。
思いついたときに
お気に入りの一場面を読み返す。
そのたびに癒やされます。
私などは、終盤近くの、
座敷わらしたちが
「間引き」されたために
成仏できなかったことを
告白するくだりは、
何度読んでも涙がこぼれてしまいます。

また、座敷わらし以外の登場人物も
魅力にあふれています。
ユタを優しく見守る母親、
座敷わらしとの出会いの
きっかけとなった寅吉じいさん、
ユタに好意を持つ小夜、
そして村の子どもたち。
前半、ユタは村の子どもたちから
いじめられているのですが、
現代のいじめと
決して同質のものではありません。
仲間として
興味関心を持ってのことなのです。
田舎の学校にありがちな、
これも懐かしい風景です。
さらには、やがて明かされる
座敷わらしたちの悲しい素性。
ユタの成長とともに訪れる
座敷わらしたちとの別れ。
すべて涙を誘います。

ただ、この作品が
現代の子どもたちの心に響くかどうか、
不安があるのは確かです。
この作品に懐かしさを感じるのは、
もしかしたら昭和生まれの
中高年世代だけかも知れません。
そして子どもたちの妖怪観も
様変わりしているのです。
アニメの「妖怪ウォッチ」や
「鬼滅の刃」ですり込まれた感覚で、
この座敷わらしのメルヘンを
しっかりと味わえるのか、
怪しいあたりです。

それでもこの作品を、
中学校1年生の夏休みあたりに
読むことを薦めたいのです。
「僕はこの
「ユタと不思議な仲間たち」が大好きで、
何回も読んでいるんだ」と、
自信を持って。

(2020.7.2)

ATOHSさんによる写真ACからの写真

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA